代数幾何学の入り口、環のスペクトルについて解説します。
定義
まずは定義をしましょう。
\(A\)を可換環とする。
この時、\(A\)の素イデアル全体を、\(\mathrm{Spec}A\)と書き、\(A\)のスペクトルと呼ぶ。$$ \mathrm{Spec}A:=\{\: p\: |\:p\subset A :素イデアル\} $$
定義自体はシンプルですね。
性質
性質1
まずは基本的な性質を見てみましょう。
\( f:A \to B\)を環準同型とする。
この時、\( p \in \mathrm{Spec}B\)に対し、\(f^{-1}(p)\)を対応させることにより、写像$$f^*:\mathrm{Spec}B\to \mathrm{Spec}A $$が定まる。
要するに環の準同型がある時、スペクトルの間に写像が定まる、というものです。証明は\(f^{-1}(p)\)が\(A\)の素イデアルであることを示せばよいですね。
(証明)
素イデアルの定義を直接チェックする。そのためにまず\(a,b\in A\)が\(ab\in f^{-1}(p)\)を満たしたとする。
このとき、\(f(ab)=f(a)f(b)\in p\)が成立し、\(p\):素イデアルより$$ f(a)\in pまたはf(b)\in p$$となる。これはすなわち、$$a\in f^{-1}(p)またはf^{-1}(p)$$ということ。
以上より\(f^{-1}(p)\)は素イデアルである。
性質2
さらに環のスペクトルの最も重要な性質は、自然に位相が入るということです。
イデアル\(I\subset A\)に対し、 \(\mathrm{Spec}A\)の部分集合\(V(I)\)を$$V(I):=\{p\in \mathrm{Spec}A\: |\: I\subset p\}$$で定める。この時、集合族$$\mathscr{F}:=\{V(I)\: |\: I \subset A:イデアル\}$$は閉集合の公理を満たし、これにより\(\mathrm{Spec}A\)には位相が入る。この位相をザリスキ位相と呼ぶ。
代数的な対象の環と、幾何的な対象の位相空間が結びつくという意味では、こここそが代数幾何の出発点と言えるかもしれません。
(証明)
閉集合の公理とは以下のようなものであった。
\begin{align}&(1)\emptyset, \mathrm{Spec}A \in \mathscr{F},\\&(2)F_1,F_2\in \mathscr{F}\Rightarrow F_1 \cup F_2\in \mathscr{F}\\&(3)F_\lambda\in \mathscr{F}\;(\lambda\in \Lambda)\Rightarrow\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda \in \mathscr{F}
\end{align}これらを一つずつチェックする。
(1) 定義から\(V((0))=\mathrm{Spec}A,V(A)=\emptyset\)なのでOK。
(2) \(F_1,F_2\in \mathscr{F}\)とし、$$F_1=V(I_1),F_2=V(I_2)$$とおく。このとき、$$F_1\cup F_2=V(I_1 I_2)$$が成立する。
(証) \(p\in F_i\; (i\in\{1,2\})\)とすると\(I_i\subset p\)となり、\(I_1 I_2 \subset I_i\)と合わせて\(I_1 I_2\subset p\)を得る。よって\(p\in V(I_1 I_2)\)
逆に\(p\in V(I_1 I_2)\)とする。ここで\(I_1,I_2\not\subset p\)と仮定すると、ある\(a_1\in I_1,a_2\in I_2\)が存在し、\(a_1,a_2\notin p\)となる。しかし\(I_1 I_2\subset pよりa_1a_2\in p\)となり、\(p\)が素イデアルであることに矛盾。よって\(I_1\subset pまたはI_2\subset p\)が成立する。
したがって\(F_1 \cup F_2\in \mathscr{F}\)となる。
(3) \(F_\lambda\in \mathscr{F}\;(\lambda\in \Lambda)\)とし、$$F_\lambda=V(I_\lambda)$$とおく。この時、$$\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda=V(\sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda)$$が成立する。
(証) \(p\in\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda\)とすると、定義より任意の\(\lambda\)に対し\(I_\lambda\subset p\)となる。よって\(\sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda\subset p\)が成立し、これにより\(p\in V(\sum_{\lambda\in\Lambda}I_\lambda)\)となる。
逆に\(p\in V(\sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda)\)とすると、\(\sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda\subset p\)となり、\(I_\lambda\subset \sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda\)と合わせて、任意の\(\lambda\)に対し\(I_\lambda\subset p\)となる。よって\(p\in \bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda\)が成立。
したがって\(\bigcap_{\lambda\in \Lambda} F_\lambda \in \mathscr{F}\)となる。
このザリスキ位相に関する開(閉)集合をザリスキ開(閉)集合と呼んだりします。(ザリスキ位相を考えていることを明示したい時など)
性質3
ザリスキ位相について面白い性質は、コンパクト性です。
可換環\(A\)に対し、\(\mathrm{Spec}A\)はザリスキ位相に関してコンパクトである。
※代数幾何の文脈では、”コンパクト”ではなく”準コンパクト(quasi-compact)“と呼ばれることもあります。
(証明)
任意に開被覆
$$\mathrm{Spec}A=\bigcup_{\lambda\in \Lambda}U_\lambda\:\:・・・(*)$$
をとる。ここで補集合を取ることで
$$\emptyset=\bigcap_{\lambda\in \Lambda}U_\lambda^c$$
を得る。\(U_\lambda^c\)はザリスキ閉集合なので、イデアル\(I_\lambda\)を用いて、$$U_\lambda^c=V(I_\lambda)$$と表せる。これを使って上式を変形すると、$$\emptyset=\bigcap_{\lambda\in \Lambda}U_\lambda^c=V(\sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda)$$となる。これより$$\sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda=A$$となる。これより特に$$1\in \sum_{\lambda\in \Lambda}I_\lambda$$が成立。よってある\(x_i\in I_{\lambda_i},a_i\in A\: (i=1,…,n,\lambda_i\in \Lambda)\)が存在し、$$a_1x_1+…+a_nx_n=1$$となる。従って、\(1\in I_{\lambda_1}+…I_{\lambda_n}\)より$$I_{\lambda_1}+…I_{\lambda_n}=A$$となり、$$\emptyset=V(A)=V(\sum_{i=1}^n I_{\lambda_i})=\bigcap_{i=1}^nV(I_{\lambda_i})$$を得る。再び補集合を取ることで、$$\mathrm{Spec}A=\bigcup_{i=1}^nU_{\lambda_i}$$となり、これが開被覆(*)の有限部分開被覆となっている。以上より\(\mathrm{Spec}A\)はコンパクト。
とはいえザリスキ位相だと開集合が大きすぎて、いまいちコンパクト感はないですね……
性質4
ザリスキ位相の性質をもう少し見てみましょう。
可換環\(A\)と\(f\in A\)に対し、$$D(f):=\{p\in\mathrm{Spec}A|\: f\notin p\}$$と定める。\(D(f)=V((f))^c\)と表せるため、\(D(f)\)はザリスキ開集合である。さらにこの形の開集合は\(\mathrm{Spec}A\)の開基をなす。
閉集合を使って入れた位相ですが、開集合もこのような単純な構造をしてくれているのはありがたいですね。
(証明)
任意にザリスキ開集合\(U\subset \mathrm{Spec}A\)をとる。この時あるイデアル\(I\subset A\)を用いて$$U=V(I)^c$$と表せる。ここで定義より$$V(I)=\bigcap_{f\in I}D(f)^c$$が成立するので、$$U=\bigcup_{f\in I}D(f)$$と表せる。
性質5
ダメ押しにもう一つ位相的な性質を見てみましょう。性質1で定めた写像の連続性です。
可換環\(A,B\)と環準同型\(f:A\to B\)に対し、\(f\)が誘導するスペクトルの間の写像$$f^*:\mathrm{Spec}B\to\mathrm{Spec}A$$はザリスキ位相に関して連続。
(証明)
開基の元の逆像が開集合となることを示せばよいので、\(g\in A\)を任意にとり\(D(g)\)について考えると、
\begin{align}p\in f^{*^{-1}}(D(g)) &\iff f^*(p)=f^{-1}(p)\in D(g)\\ &\iff g\notin f^{-1}(p)\\ &\iff f(g)\notin p\\ & \iff p\in D(f(g))
\end{align}が成立する。従って、
$$f^{*^{-1}}(D(g))=D(f(g))$$となり、\(D(g)\)の逆像は開集合となる。
よって\(f^*\)は連続。
まとめ
本記事では環のスペクトルについて、定義と基本的な性質を解説しました。シンプルな定義から様々な性質が導かれ、この概念の有用性の片鱗がすでに表れているように思います。
さらに言うと環のスペクトルは、“スキーム論の原点“という現代数学において非常に重要な役割を担っています。このあたりの話も、別記事で解説していく予定です。
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