完全列

本記事では加群の完全列の定義と基本的な事実について解説します。現代数学のあらゆる分野についてまわる基本的な概念なので、しっかり理解しておきましょう!

定義 (系列)

まずは系列についてです。

\(R\) を可換環とする。このとき \(R\) 加群 \(M_i\) および 加群の準同型 \(f_i:M_i\to M_{i+1}\,(i\in \mathbb{Z}\)) によって定まる列\[
\cdots\to M_{i-1}\stackrel{f_{i-1}}{\rightarrow} M_{i}\stackrel{f_{i}}{\rightarrow} M_{i+1}\to\cdots\]を(\(R\) 加群の)系列と呼ぶ。

ここで \(M_i\) はすべての \(i\in\mathbb{Z}\) に対し定まっている必要はなく、例えば\[
M_0\stackrel{f_0}{\rightarrow} M_1\stackrel{f_1}{\rightarrow} M_{2}\to\cdots\]や\[
M_{-1}\stackrel{f_{-1}}{\rightarrow} M_0\stackrel{f_0}{\rightarrow} M_1\]などの形の列も系列と呼びます。

補足)用語について

上記は可換環上の加群の系列についての定義です。これと同様に各 \(M_i\) が体 \(K\)-ベクトル空間で、\(f_i\) が\(K\)-線型写像の場合も(ベクトル空間の)系列と呼びますし、単に群と群準同型の場合にも(群の)系列と呼びます。これは以下の用語でも同様です。

このように現在考えている対象が明らかな場合には、それを省略してしまうことがよくあります。最初は見失いがちなので、今自分が何を考えているのかを常に意識しておくようにしておきましょう。

補足)記法について

準同型 \(M_i\to M_{i+1}\) には必要が無ければ名前を付けず\[
\cdots \to M_{i-1}\to M_i\to M_{i+1}\to\cdots\]のように書くこともしばしばあります。しかし写像を明示しないと混乱を招きうる場合はきちんと書いておきましょう。

定義

では完全列の定義です。

\(R\) を可換環とし、\[
\cdots\to M_{i-1}\stackrel{f_{i-1}}{\rightarrow} M_{i}\stackrel{f_{i}}{\rightarrow} M_{i+1}\to\cdots\]を\(R\) 加群の系列とする。このときこの系列が \(M_i\) で完全とは\[
\mathrm{Im}f_{i-1}=\ker f_i\]
が成立することを言う。

また、すべての \(M_i\) で完全な系列を(\(R\) 加群の)完全列と呼ぶ。

さらに、\[
0\to M_1\to M_2\to M_3\to0\]の形の完全列を短完全列と呼ぶ。

系列が完全であることを、\[
\cdots\to M_{i-1}\stackrel{f_{i-1}}{\rightarrow} M_{i}\stackrel{f_{i}}{\rightarrow} M_{i+1}\to\cdots \quad:\mathrm{exact}\]と表したりします。完全列の英訳”exact sequence”から来ています。

一つ具体例を見てみましょう。次のような系列を考えます。

\[0\to\mathbb{Z}\stackrel{f}{\rightarrow}\mathbb{Z}\stackrel{p}{\rightarrow}\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\to0\tag{$\star$}\]

ここで両端の準同型は零写像、\(f\) は2倍写像 \(n\mapsto 2n\)、\(p\) は自然な射影です。

これが短完全列になることをチェックしてみましょう。確認すべき箇所は三か所あります。

まず一つ目の \(\mathbb{Z}\) で完全であることを確認しましょう。零写像 \(0\to\mathbb{Z}\) の像は \(0\) なので、定義に従って \[\ker f=0\]を示せばよいです。ここで今 \(f\) は2倍写像なので\[n\in \ker f\Leftrightarrow f(n)=2n=0\Leftrightarrow n=0\]が成立することから、\(\ker f = 0\) となります。

次に二つ目の \(\mathbb{Z}\) での完全性については、整数 \(n\in\mathbb{Z}\)に対し\begin{align}n\in\ker p &\Leftrightarrow \bar n=0\in\mathbb{Z}/2\mathbb{Z} \\[5pt]
&\Leftrightarrow n\text{は偶数} \\[5pt]
& \Leftrightarrow n \in \mathrm{Im}f
\end{align}が成立することから明らかです。

最後に\(\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\) での完全性を確認しましょう。零写像 \(\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\to0\) の核は \(\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\) 全体なので、\[
\mathrm{Im}p=\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}\]を示せばよいですが、いま自然な射影 \(p\) は全射なので、これも明らかですね。

以上により系列 (\(\star\)) が完全であることがチェックできました。

性質

上の例で勘づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、次の事実が成り立ちます。

\begin{align}&(1)&0\to M \stackrel{f}{\rightarrow} N:\mathrm{exact} \; & \Leftrightarrow\; f:\text{単射}\\[5pt]
&(2)& M \stackrel{f}{\rightarrow} N\to 0:\mathrm{exact}\; &\Leftrightarrow \;f:\text{全射} \\[5pt]&(3)& 0\to M \stackrel{f}{\rightarrow} N\to 0:\mathrm{exact}\;&\Leftrightarrow\; f:\text{同型}\end{align}

(証明)零写像を \(0\) で表すことにすると、\begin{align}&(1)& \ker f = \mathrm{Im} 0 = 0 \,&\Leftrightarrow\, f:\text{単射}\\[5pt]
&(2)& \mathrm{Im} f = \ker 0 = N \,&\Leftrightarrow\, f:\text{全射}\end{align}からそれぞれ明らか。

(3)については(1),(2)から従う。

(証明終)

完全列の作り方

あらゆる準同型から完全列を生み出すことができます。

\(f:M\to N\) を \(R\) 加群の準同型とすると、自然に定まる系列\[
0 \to \ker f \stackrel{i}{\to} M \stackrel{f}{\to} N \stackrel{p}{\to} \mathrm{coker}\,f \to 0 \]は完全。

ここで \(i:\ker f \to M\) は包含写像、\(p:N \to \mathrm{coker}\,f\) は自然な射影です。

(証明) チェックすべき箇所は四つあるが、左から一、四番目は上の性質から明らかなので、二、三番目を確認する。

(\(M\) での完全性) 定義から\[x\in \mathrm{Im}\, i \Leftrightarrow x\in\ker f \]なので \(\mathrm{Im}\, i = \ker f \) となる。

(\(N\) での完全性) \[\mathrm{coker}\, f = N/\,\mathrm{Im}\,f \]より \(\ker p = \mathrm{Im}\,f \) となる。

(証明終)

この完全列と上の性質から、 \(\ker f\) と \(\mathrm{coker}\,f\) がそれぞれ \(f\) が単射や全射からどれくらい離れているかを測る量であることが視覚的に分かって良いですね。

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